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仙台地方裁判所 昭和47年(レ)44号 判決

控訴人 鹿郷雄一

右訴訟代理人弁護士 高橋勝夫

被控訴人 佐藤きを

右訴訟代理人弁護士 渡辺大司

右訴訟復代理人弁護士 織田信夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、原判決別紙目録記載の建物を明渡し、かつ、昭和四七年一月一日から明渡済みまで一か月金一万六、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、次に掲げるほかは原判決の事実摘示欄記載のとおりであるから、これを引用する。(但し、原判決三枚目表一行目の、同月二八日内容証明郵便で、とあるのを、同年九月二八日付内容証明郵便で、と訂正し、原判決四枚目表二行目の、本書面で、とあるのを、昭和四七年四月一三日付の控訴人の準備書面で、と訂正する。)

一、控訴代理人は、当審における新たな主張等として、次のとおり述べた。

(一)  請求原因(三)項末尾に、「その後控訴人は、昭和四七年七月三一日、同会社の代表取締役に選任され、名実ともに同会社の実権を掌握して今日に至っている。」を追加する。

(二)  請求原因(六)項の本件賃貸借の解約申入れにともなう正当事由の主張に以下を追加する。

(3)項の末尾に、「しかるに被控訴人が代替家屋の提供を受諾しないので紛争が生じたのである。本件建物の面している道路は、宮城県公安委員会によって駐車禁止に指定されている区域にあるから、被控訴人の来客の自動車は本件建物の西隣りの駐車場に駐車させればよいのであるが、代替家屋提供方を被控訴人が受諾すれば、控訴人としては被控訴人の来客のための駐車については最大の便宜をはかる用意がある。

(4)同会社の事務所は、現在古川市台町九番五号の控訴人宅におかれている。しかし同所は、同市台町通りに面している部分は約五間であり、旧家で現に居宅として使用しているため、事務職員を雇っても机を置くことができない状況にあり、近代企業の事務所としての体裁を備えることのできないものである。そのうえ居宅は、敷地一杯に建てられ、事務所を増築することもできない。

(5)被控訴人は、控訴人に対し、次のような背信行為をなした。すなわち、被控訴人は控訴人に無断で本件建物の土台を上げたり、間仕切りを変更した。控訴人はそのつどこれを黙認して来たがそのために控訴人の受けた有形、無形の損害ははかり知れない。さらに、昭和四七年二月ころ、近所の鈴木某が普通貨物自動車を運転中、誤って路面をスリップし、被控訴人の事務所と隣接の梅森昭雄方事務所の境に激突し、建物の一部を破壊した。そこで控訴人は翌日大工を入れて修理したが、被控訴人は控訴人をののしり、働いていた大工にも悪口をついた。

(三)  原判決四枚目表六行目の、被告主張五の(一)の事実中、原告が二十数軒の貸家を所有していることは認める旨の自白ならびに原判決四枚目表一一行目から一四行目まで(但し、原告は二十数軒の貸家を所有しているので……貸家業で生計をたてているのではない、の部分)の主張は真実に反し錯誤に基づくものであるから撤回する。控訴人は、宅地合計六〇〇坪、建物床面積約三八〇坪の資産を有しているにすぎず、本件建物を含めて事務所四軒ほかに居宅として四軒の貸家を所有するにすぎず、丸鹿商事株式会社の経営を本業として全力をあげているものである。

二、被控訴代理人は、当審における新たな主張等として、次のとおり述べた。

(一)  請求原因に対する答弁および反ばくとして次のとおり陳述する。

請求原因(三)項の当審における控訴人の追加主張部分は知らない。

同(六)項の解約申入れのあったことは争う。

同(六)項(1)は争う。

同(六)項(2)中被控訴人が司法書士で古川支局の近所に居宅を有していることは認めるがその余は争う。右居宅は、古川支局の裏側に位し、客の来所には不便なところであり、本件建物に比し、司法書士事務所として利用することは決定的に不利な条件にある。また居宅の構造、敷地からみて右居宅に事務所を設置することも困難である。

同(六)項(3)中控訴人がその主張の所在地に代替家屋の提供方を申入れていることは認めるがその余は争う。控訴人は本件建物の付近に駐車場を設置しながら、被控訴人の営業のためには駐車場をことさらに使用させない挙に出たり、訴外梅森昭雄をして、本件建物の表通りに面した右梅森と被控訴人との事務所の境の柱に駐車禁止の標示をさせ、被控訴人事務所の顧客に駐車をさせないようにし、被控訴人の営業を妨害しているものである。代替家屋の提供は、控訴人が真意でなしたものではなく、被控訴人に対する追出し策ないしはいやがらせとしてなされたものとしか解されない。

同(六)項(4)の主張中同会社の事務所が古川市台町通りに面していることは認めるがその余は不知。控訴人は古川市きっての財産家であり、居宅を事務所へ改造することもあるいはその新築をすることも容易になし得る財力がある。

同(六)項(5)の主張は否認する。

(二)  当審における控訴人の自白の撤回に異議がある。

三、証拠関係≪省略≫

理由

一、本件建物の賃貸借契約について

≪証拠省略≫によれば、原判決別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)は、控訴人の所有であること、被控訴人は昭和二九年一二月より司法書士を開業し、同三四年一〇月ころ控訴人より同人の父鹿郷雄珠を代理人として本件建物中一階と二階の一部屋を司法書士事務所兼居宅とする目的で期間の定めなく賃借し、同三八年ころから二階のその余の部分をも賃借したこと、被控訴人が自宅を新築したことにともない同三九年一二月ころから本件建物全部を司法書士事務所として賃借し、現にこれを占有していること、賃料はその後改定を経て同四六年九月現在一か月一万六、〇〇〇円であることが認められる。≪証拠判断省略≫

二、合意解除の成否について

≪証拠省略≫によれば、控訴人は、その代理人雄珠を通じ、昭和四六年九月一一日ころと同月二七日ころの二回にわたり、口頭で本件建物を丸鹿商事株式会社の事務所として使用するために明渡してほしい旨申入れたこと、しかしながら被控訴人はこれに応じなかったので、控訴人は同月二八日付の内容証明郵便をもって解約の申入れをなし、右申入れはそのころ被控訴人方に到達したことが認められる。≪証拠判断省略≫

よって合意解除の主張は採用しない。

三、正当事由による解約の申入れについて

控訴人が本件建物賃貸借に関し被控訴人に対し、(a)昭和四六年九月二八日付内容証明郵便をもって解約の申入れをし、右郵便がそのころ被控訴人に到達したことは前示認定のとおりであり、(b)本件訴状で解約申入れをし、その訴状が同四七年一月一五日被控訴人に送達されたこと、および(c)同年四月一三日付の本件訴訟における準備書面をもって自己使用の必要等を理由に解約の申入れをし、右書面が同年同月一七日被控訴人に送達されたこと、はいずれも本件記録上明らかである。

そこで右の(a)、(b)、(c)の三個の解約申入れにつき、それぞれ控訴人の自己使用の必要性その他正当事由が存するか否かについて判断する。

(1)  控訴人は、本件建物を自らが経営する丸鹿商事株式会社(以下丸鹿商事という。)の事務所として使用する必要がある旨主張するのでこの点について検討する。

≪証拠省略≫をあわせると、以下の事実が認められる。

まず丸鹿商事は、不動産売買、土地開発分譲、不動産斡旋および仲介の業務の目的で、昭和四〇年二月古川市台町九番五号を本店所在地として設立され、設立当時父雄珠が代表取締役で、控訴人は取締役であったが、同四七年七月三一日控訴人がその代表取締役に選任され、金融および土木建築請負が営業の目的に加えられた。その事務所は、古川市の繁華街にある控訴人方居宅(本店所在地)に付設され、国道一〇八号線ぞいに出入口を設けた間口四・五メートル幅一・二五メートルのコンクリート敷の土間とこれに続く畳敷の一〇畳一間があてられているが、電話、ソファのほかは事務用机その他の業務用の備品はなく、ガラス戸内部に看板を掲げているのみである。ところで、丸鹿商事は、従業員を雇用しているわけではなく、設立以来本件各解約申入当時までに具体的な営業活動はしておらず、解約申入の理由として丸鹿商事の事務所の開設のため本件建物を必要とすることをあげたが、将来の営業上の具体的な計画を持合わせていたわけではなかった。ところでこの点をさておき、右事務所と本件建物とを比較すると、右事務所は繁華街にある利点はあるが、自動車の駐車できない国道に沿っていて、自動車による来客は右事務所から約一〇〇メートル離れた本件建物の西側にある駐車場を利用しなければならず、また現状のまま事務所として使用することも可能であるが、国道に面して看板を掲げたり、営業の規模によっては、事務所としての体裁をととのえるために相当の改造を要するに反し、本件建物はその西側が駐車場となっており、従って建物の西側に控訴人主張のような看板を掲げて広告活動を行うことができる利点があり、さらに、建物の広さ、構造を考えると、将来営業規模を拡大して活動するためには直ちに事務所として使用できる本件建物の方が右事務所より有利な条件にあるということができる。

丸鹿商事は右のように休業状態にあり、控訴人がこれに専念していたわけではなかったが、控訴人は、古川市内に宅地八筆(台帳面積七筆合計五二一・九坪外一筆四三九・六六平方米)と建物一一棟を所有し、住宅一〇軒、事務所五、六軒を賃貸することを業としており、そのほか昭和四七年ころまでは畑約一町五反位を有して農業収入を得ていたものである。(なお控訴人は、原審において、田四町五反歩、畑五反歩を耕作し、二十数軒の貸家を有している旨の自白をし、当審口頭弁論において右自白を撤回したので、その許否について判断するに、原審における被控訴人本人は、右自白にそう供述をしているが、右供述は、≪証拠省略≫に照らして信用しがたく、右自白は、判示認定の部分に反する限度で真実に反し、かつ錯誤に基づくものと認められるから、自白の撤回は右の限度において許容される。)

(2)  被控訴人における本件建物の利用状況等について検討するに、まず被控訴人が司法書士を開業し、本件建物の一部または全部を司法書士事務所として賃借使用して来た経緯は判示一項に認定したとおりである。そして、≪証拠省略≫によれば、本件建物は、原判決別紙図面(その一)のとおり、東西に通ずる県道に接し、仙台法務局古川支局の筋向いにあるほか、周辺には各種官公署、司法書士、土地家屋調査士等の事務所があり、交通の便もよく、司法書士事務所を設けるにはきめて便利な立地条件の下にあること、現に被控訴人は事務員を雇用し、一階を事務所、二階を電話、椅子等の事務用品置場として使用し、顧客も多く安定した司法書士業務を営んでいること、他方被控訴人は、昭和三九年ころ、古川市東町三番四三号に住宅を新築したこと、同所は古川支局の北側にあるが同支局より廻り道をして約三五〇米の距離にあり、建物の敷地には若干の余裕がないわけではないが、右住宅は、その西側が空地、北側が他人の住宅となり、周辺は人通りの少ない比較的閑散な裏通りの住宅街にあり、司法書士事務所を設置するには本件建物に比しかなり不便な立地条件の下にあること、以上が認められる。

(3)  控訴人が被控訴人に対し、本件建物明渡しにともない代替家屋の提供を申入れていることは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫を綜合すると、次の事実が認められる(≪証拠判断省略≫)。

まず、本件建物およびその周辺の建物の状況は、原判決別紙図面(その一)のとおりであるが、控訴人は、その父雄珠を代理人として被控訴人に対し、本件(a)の解約申入に先立つ昭和四六年九月一一日ころ、本件建物の明渡し方を要請するにさいし、同図面の青斜線部分を控訴人の代替事務所の家屋として提供する旨述べたが被控訴人はこれに応じなかったこと、右代替家屋は、本件建物に比し、県道に面していないが周囲には司法書士事務所もあり、立地条件としてはそれほど不利なものではないことが認められる。しかしながら、さらに、右代替家屋は現況物置であり、南四・一五メートル奥行七・三五メートル、西側の巾七・二メートルの型をなし、床はコンクリート敷となっているが、屋根のトタン、窓、建材等は老朽化し、東方には窓や戸の設備もないものであって、改造、補修をしなければ事務所に転用することのできないものであること、しかるに控訴人の右申入れは、本件建物を明渡すなら、被控訴人に右代替家屋部分を貸すという程度のもので、真に代替事務所を提供するという申入れではなく、その後において控訴人が右代替家屋を事務所として使用し得るような改造、補修を企画、提案したような事情はなかったことが認められる。

そして右の各証拠によれば、被控訴人は、控訴人の承諾の下に昭和四〇年四月ころから本件建物の一隅で土地家屋調査士梅森昭雄に業務をさせ、互いに協力関係にあったこと、昭和四六年三月ころ梅森はそこを退去して同図面小林事務所の記載部分の建物を控訴人より賃借して業務を続けたがその後間もなく控訴人と感情的に対立するに至ったこと、当時同図面梅森事務所の記載部分を土地家屋調査士阿部清人が控訴人より賃借して使用していたが、昭和四六年一一月ころ同人が死亡して右の賃貸借は終了したことが認められ、右梅森は同月二二日ころ右の阿部清人が賃借していた部分を新たに賃借して旧事務所より移転し、その梅森のあとを小林が土地家屋調査士事務所として賃借したこと、控訴人が被控訴人の主張(五)(ニ)(原判決八枚目)のごとく司法書士鈴木彦雄、同佐々木義美、同鈴木昌弘に周辺の事務所を賃貸していることは当事者間に争いがない。

以上の事実によると、控訴人には、本件(a)解約申入れ当時本件建物近辺にもし必要とするならば事務所を自ら使用できる機会がなかったとはいえず、あるいは被控訴人に対し、右の提供家屋(物置)よりも司法書士事務所にふさわしい他の事務所を提供する余地があったものということができるのに、かかる措置をとることなく前述のような代替家屋の提供の申入れをなしたに止まったことは、情誼をつくしたものとはいえず、被控訴人がこれに応じなかったことをもって誠意を欠いたものということはできない。さらに(b)、(c)の解約申入れにあたっては代替家屋の提供の申入れをなしてはいない。

(4)  被控訴人に控訴人主張の背信行為が存したか否かについて検討する。

まず、≪証拠省略≫によれば、被控訴人は本件建物を賃借後その一部に間仕切りを設ける等の変更をしたことがあったが、それらはいずれも控訴人の代理人である雄珠を介して承諾を受けていたことが認められ、被控訴人が控訴人に無断でこれをなしたものではないから、被控訴人が本件建物を無断で変更したことを前提とする被控訴人の背信行為は成立しない。

次に、いずれも≪証拠省略≫を綜合すると、昭和四七年二月ころの日曜日の朝、鈴木某が貨物自動車を運転中路上をスリップさせて本件建物に衝突し、被控訴人方事務所と隣の梅森昭雄事務所の一部を破損させたこと、そこで控訴人は翌日大工等をさしむけ破損個所を修理させたが、そのさい被控訴人が修理におもむいた者らに、修理を日曜日にしないで月曜日にしたのでは事務に差支える旨の不平をもらし、あるいは梅森昭雄と些細な口論をしたことがあるに止まり、修理を妨害したり、控訴人に何らかの妨害工作をなしたようなことはなかったことが認められる。

右事実のもとでは被控訴人が賃借人としての背信行為をなしたものということはできない。

(5)  結び

以上認定した事実によれば、控訴人が自らその業務を主宰すると主張する丸鹿商事は、昭和四〇年の設立以来本件(a)、(b)、(c)の各解約申入れ当時を含め事実上休業状態にあり、控訴人はこれまで住宅、事務所の賃貸を業とし、あるいは農業による収入を得てきたのであり、仮りに丸鹿商事の営業を始めるとして、現在の事務所が適当でないとするならば本件建物の外に代わりの事務所を設けることができる資力があると認められる。そして丸鹿商事の営業を開始する上で本件建物の西側外部の側面を利用看板による宣伝広告をすることは、一つの有利な条件ではあるが、丸鹿商事の営業目的やこれまでの実績からみてそれが必須不可欠の条件であるとはとうてい解されない。これに対し、被控訴人は、司法書士を専業とし、昭和三四年以来長年にわたり極めて有利な立地条件のもとに本件建物をその事務所として使用し、右解約申入れ当時は、多くの顧客を持ち安定した業績をあげていたのであって、他に代わるべき適当な事務所のないままに本件建物を明渡すことによって受ける損失、影響は、控訴人が本件建物において丸鹿商事を営業することができないことによる損失に比べ、はるかに切実で甚大なものということができる。他に被控訴人の背信行為その他明渡しを正当ならしめる事情は認められない。

そうすると、控訴人がなした(a)、(b)、(c)の各解約申入れはいずれも正当事由をともなわないものであるから無効である。

四、よって控訴人の本件請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法八九条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井義彦 裁判官 小島建彦 合田かつ子)

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